あせらず「しつけ」

自由と放置はちがう

自由と放置はちがう

 このごろ、「個性を伸ばしたい」や「のびのびと育てたい」という考え方が普及しすぎているように思います。
どちらかと言えば、私も同じ考えですし、大人ががんじがらめに指示命令をして、子どもを萎縮させたくないと思います。
しかし、他人に迷惑をかけていいわけではありません。子どもがやりたい放題することが「のびのび」なのかというとそうではないと思います。

 私たちは野生児を育てたいわけではないのです。座るべきときには座れて、話を聞くときには聞き、周りに不快な思いをさせない最低限のマナーや集団の中でのルールが守れる。そのような「人としての基本的な習慣」が身につかない限り、社会生活は営めないと思います。ルールがなかったら、事故やトラブルが多発します。違う家庭環境で育ち、さまざまな思考を持った人が、同じ社会で過ごすのですから、最低限のルールは必要です。
その中で、どれだけ個性を伸ばせるのかということではないのでしょうか。

 自由保育ということばがすごく流行した時期があります。園によって違いはたくさんあると思いますが、一般的には、大人主導で、子ども達に一斉になにかをさせるのではなく、子どもが選び、子どもが考える保育を行うことで、こどもの自主性、自発性を伸ばすというものです。子ども達は、自由な時間の中で、自分で選び、自分で考えて遊びます。
 子どもを自由にしておけばいいのだから、とても簡単なのではないかと思われるかもしれません。しかし、簡単にはできないのです。自由保育は大変難しく、相当知識と経験のある先生でないと、運営は難しいのです。

 それは、一歩間違えると『放置』になってしまうからです。
「自由」と「放置」の境目を見極めるのは難しいですよね。
ひとつ例を挙げてみます。

ひとつの例

 ある保育園で、4歳のクラスを担任していた先生の話です。絵の具を題材に子ども達に好きなように絵を描かせていました。クラスの中に2名、絵の具を嫌がり、他のことをして遊んでいる子どもがいましたが、先生は特にその子達に関るわけでもなく、自由にさせていました。「私は子どもの自主性を育むために、自由な保育をしようと思っています。そのうち、描きたいと思うときがくるでしょう。」担任の先生は 一見、自主性を育んでいるように見えます。しかし、どうも腑に落ちません。それでいいのでしょうか。

 それでは、一人の子が「遠足に行きたくない」と言ったら、その子だけ置いていくのでしょうか。その子が自分から行きたくなるまで放っておくのでしょうか。2、3歳ではそういうこともあるでしょう。しかし、集団生活にも慣れてきた4歳児です。「子どもの意思を尊重する」と「放っておく」それは似ているようでいて実はまったく違うものだと思います。

 保護が必要な乳幼児期に、おむつ交換を嫌がるからと言っておむつを替えない。テレビを消すと泣くからいつまでも見せている。子どもが公共の場で騒いでいるのに注意をしない。極端ですが、ここまでいくと放置以外の何者でもありません。たまに「うちは放任だから」といわれる方がいますが、「放置」と「放任」も違います。
まだ、自分で生命を保持することができない又は、判断することができない子どもの内は、保護者の関与や保護が必要です。「自由」と「放置」を間違えないようにしましょう。

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