親になる前に 〜児童虐待の要因と解決策について

虐待被害を受けた子どもたちの場合(世代間伝達のメカニズム)

孤立への対処は、公的機関を紹介し、何かあれば、すぐに相談するということを生徒に伝えることです。
しかしながら、虐待の被害を受けた子どもたちが、誰かの援助を必要とした時に、スッと公的機関に向かえるか、というとそうではないことが、ここでの一番の課題です。

児童養護施設で保健師さんと一緒に、虐待の予防を目的とした『いのちの授業』を実施したことが何度かありますが、高校での普段の授業よりも、短時間の中で、さらに強調して「子育てで孤立感を感じたら、すぐに児童相談所や保健所などに相談しようね」という話をしています。
“いつでも助けるよ”、と何度も繰り返し、いろんな人間がいろんな言葉で言う。そうすることで、『助けてもらえるかも・・・』と少しは思ってくれるかもしれない、と考えて授業しています。
もちろん、高校での授業でも、“誰か助けて”ってなったら、すぐに公的機関を頼るように伝えています。またどのような公的機関があるか、保健所や市役所の児童福祉課、児童相談所、警察や“189”の電話・・・など具体的に伝えます。

“困った時、誰かに助けられた”とか、”助けてほしいと思った時に助けてもらえた”という経験があれば、公的支援に相談してみようと心が動き、結びつくでしょう。
ところが、“困った時、辛い時、誰も助けてくれなかった”とか“見捨てられた”という経験は人に対する不信感だけが堆積し、『困った時には、人に助けを求めよう』という行動には結びついてはいきません。
虐待の被害が次の被害を生む。そのメカニズムのひとつがここにあります。
連鎖を断ち切るには、“人は自分を助けてくれるもの”という体験が、虐待体験を超えるものでなければ、難しいのかもしれません。
人で傷ついた心は人でしか癒せない、ということでしょう。

虐待の被害を受けた生徒を担任や教科担当、部活動の顧問などとしてかかわる時、我々教員は、せめて『あの先生には助けてもらえた』と記憶されるよう、心してかからなければ、と強く思います。
また、教員には広くこのことを知らさなければとも思います。

児童養護施設に入所していると言っても、乳幼児当初から施設、という生徒は総じて落ち着いており、問題行動は、あまり記憶にありません。一方、途中から入所したという生徒の問題行動への対処は、数えだしたらキリがありません。途中入所の生徒達の成育歴のすべてを把握しているわけではありませんが、大抵が虐待の挙句・・・です。
親から“見捨てられた”という思いや、“虐待されている時、誰かに助けを求めたけど、得られなかった”という体験のある生徒であると把握できたなら、なおのこと、心して関わりたいものです。
また、そういった生徒は試し行動として、わざと嫌われるような言動をとったり、人との関係性が怒りや蔑みに満ちたものが常態化しているので、安定した関係性を作るのには時間と手間がものすごくかかります。これらの対処についても教員の必須知識でしょう。

余談ですが、児童養護施設に暮らす生徒が卒業する時、「いつでも、学校に遊びにおいで」とは言います。でも私もいつかは転勤・退職して、そこにはいなくなる。携帯の連絡先は教えます。つながり続ける子もいれば、連絡不能になってしまう子も・・・。
施設でも、そうです。「何かあったら、すぐに相談においで」と。でも頼りにしていた先生もいつまでも、その施設にいるわけではないことも、彼らは知っています。
仕事として自分に対応していたことも知っています。
卒業してから、どこに住むのか・・・などと話していた時、「友達もいるけど・・・。」と、ポツッと語った彼のそのどうしようもない孤独感を忘れられません。
児童養護施設を卒園した子どもたちへの継続的な居場所の確保、継続的な人的つながりの確保については、様々な取り組みも始まっています。個々の取り組みから全体への広がりを期待しつつ、教員としてできることがあれば、関係者の方、お教えください。

孤立への対処

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